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福岡高等裁判所 平成10年(行ス)1号 決定 1998年5月08日

①事件

抗告人

濵野髙司

清水孝誠

右両名代理人弁護士

名和田茂生

相手方

下郡新一郎

藤田卓志

右両名代理人弁護士

塚田武司

主文

一  原決定を取り消す。

二  福岡地方裁判所平成九年(行ウ)第二三号交際費不当支出金返還請求事件の訴えのうち、地方自治法二四二条の二第一項四号前段請求にかかる部分の被告下郡新一郎を福岡県糸島郡二丈町大字深江<番地略>空閑俊明に、被告藤田卓志を同町大字田中<番地略>庄島正にそれぞれ変更することを許可する。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

抗告人らは、主文同旨の裁判を求め、その理由として、二丈町議会議長が地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号前段に基づく訴えの被告適格を有するか否かは高度の法的判断を要する事項であって、抗告人らに、この点について判例を詳細に調査する義務があり、これを怠ると重大な過失があるとすることは、住民自身による健全な地方行政の実現を目指すとともに右訴えについて厳格な出訴期間を設けた法の趣旨に反するし、基本事件の訴えの提起に先立つ監査請求について二丈町監査委員が法二四二条所定の要件を具備していると認めて受理し、監査を行っていることに照らすと、実質的には右委員より高度の注意義務を課すことになる上、議長に事務の統理権(法一〇四条)や事務局長等の指揮監査権(法一三八条七項)があり、議長が議長交際費の支出を事実上決定している地方行政の現状や少なくとも住民がそのように受け止めることも無理からぬ実情からすると、抗告人らが誤って同町議会議長である相手方らを被告としたことに重大な過失はなく、抗告人らに重大な過失があるとした原決定には誤りがある旨主張する。

二  当裁判所の判断

1  当裁判所も普通地方公共団体の議会の議長を被告として議長交際費の支出の当否を争う法二四二条の二第一項四号前段の訴えは不適当と判断するが、その理由は、原決定がその二丁裏四行目ないし同最終行で説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。そうすると、基本事件の訴えのうち、同号前段の請求にかかる部分(以下「本件訴訟」という。)については、被告とすべき者を誤ったものである。

2  そこで、抗告人らが被告とすべき者を誤ったことが、行政事件訴訟法一五条一項にいう「故意又は重大な過失」によるものかどうかについて判断する。

(一) 普通地方公共団体の議会の議長が議長交際費を違法又は不当に支出したとして、住民が当該地方公共団体に代位し、その者を被告として提起した訴えは法二四二条の二第一項四号所定の訴えに該当しない不適当なものであることは既に最高裁判所昭和六二年四月一〇日判決が判示しているところであり、同判例が本件訴訟提起当時、既に多数の公刊物に掲載されていたことは、原決定がその三丁表四行目ないし同一〇行目までに説示するとおりであるから、ここにこれを引用する。

したがって、本件訴訟の提起に当たり、誰を被告とするかは重要な事項であるから、抗告人らとしては、公刊物を参照するなどして慎重に調査すべきであり、そうした調査をすれば相手方らを被告とすべきでないことが明らかになったはずである。よって、右調査を怠った点において、抗告人らに過失があることは明らかというべきである。

(二)  他方、本件記録及び基本事件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 抗告人ら及び山口康之は、平成九年五月二〇日、二丈町監査委員に対し、「現二丈町議長及び該当する歴代の議長は、不当に流用した全額を二丈町に速やかに返還させること」を勧告するよう求める「二丈町議会議長に係る措置書」を提出して監査請求をした。

(2) 同日、右委員は、右監査請求を法二四二条所定の要件を具備しているものと認めて受理し、右監査請求に於ける請求人らの主張の要旨を、「二丈町議会議長は、過去一〇年ほど前から議長交際費を正当な使途以外に流用し、町議会三常任委員会及び二委員会へ活動費名目で不当に支出した疑い」等であるとした上で、右監査請求について監査を行った。

(3) 右委員は、監査の結果として、「請求人は、現二丈町議会議長及び該当する歴代の議長に対し、不当に流用した議長交際費の全額について二丈町へ速やかな返還を求めているが、既に述べた通り、予算措置を伴った従来からの慣行として取り扱われてきた経緯を踏まえ、不当性は認められるものの、そのことが直ちに違法行為とは認められない。」などと判断し、その結果を抗告人らに通知した。

(4) 抗告人らは当初、訴訟代理人に委任することなく基本事件の訴えを提起したが、相手方らから被告適格がない旨の主張がされた答弁書が提出されて平成九年九月一九日の第一回口頭弁論期日においてこれが陳述され、同年一一月四日付けで抗告人らが代理人に基本事件の訴訟追行を委任し、同代理人作成の同年一二月一六日付け準備書面には、被告変更許可の申立てを検討している旨の記載があり、平成一〇年一月二一日、右申立てがされた。

右認定の事実によれば、本件訴訟の提起に先立ち、抗告人らは、相手方らを含めた二丈町議会議長が議長交際費を同町議会の委員会に活動費として支出していることが不正流用に当たるとして監査請求をしているところ、監査請求を受けた監査委員としては、監査請求は「当該地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員」(法二四二条一項)に対して行うものであるから、まず、これら機関又は職員の指定がなされているか否かについて審査すべきであるが、前記(2)のとおり、右監査請求が法所定の要件を具備しているとして受理されていることからすると、監査請求の対象は町議会議長として指定されていると判断されたものと推認され、また、これに対して監査委員は、同町議会議長に予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務が含まれないから、右議長らの行為は本来、監査請求の対象とならないことについて何ら指摘することなく、同町議会議長が議長交際費を支出したことを前提として、その適法性及び相当性について監査し、監査結果を抗告人らに通知したものである。

以上のとおり、監査請求手続において、抗告人らが監査請求の対象としている議長交際費の支出について町議会議長がその財務会計上の行為の権限を有しているかのように取り扱われていたことや本件訴訟提起後、被告を誤ったことが判明して遅滞なく被告変更の許可を申立てた経過を考慮すると、本件訴訟の被告を誤ったことについて、抗告人らに故意又は重大な過失はなかったというべきである。なお、相手方らは、抗告人らは、監査請求の段階から、二丈町議会の現議長及び前議長である相手方らを追及するため、町議会事務局長の存在を無視して、監査請求の準備及び調査を相手方らに絞って進めていたから、抗告人らが被告を誤ったことには故意又は重過失があると主張するが、前記で認定した各事実に照らせば、仮に相手方らの主張する事実が認められるとしても、前記認定を覆すに足りない。

三  よって、本件訴訟について被告の変更の許可を求める抗告人らの申立ては理由があり、これを却下した原決定は相当でないから取り消して、右申立てを認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官稲田輝明 裁判官野尻純夫 裁判官須田啓之)

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